Lesson6



「エルヴィンさん、ご無沙汰しております」
「やあ、ナマエも・・・見ない間に美人になったね」
「ふふっエルヴィンさんも今はご立派に調査兵団ですものね。いつも無事に帰ってこられるかヒヤヒヤしてるの。」
「心配してくれてありがとう。いきなり押しかけてきてすまないね。実は・・・頼みがあるんだ。」

エルヴィンは微笑むとテーブルに置かれたティーカップを手に取り口に含めた。

エルヴィン・スミスとナマエ・ミョウジ・・・この2人の父親は教師だ。エルヴィンとは歳が離れているが小さなナマエをよく面倒を見てくれており幼馴染だが兄のような存在だ。

そしてナマエも父の跡を継いで、今では立派な教師をしている。トロスト区では評判の教師だ。

「エルヴィンお兄さんの頼み事でしたら何なりと」
「ははは、久しぶりに聞いたよ。 お願い事というのは、君に家庭教師を頼みたいんだ」
「家庭教師・・・?ええ、もちろん」
「ありがとう。 学校が終わってから数時間だけ面倒を見て欲しい。まだこれは公にはされていないが、次の調査兵団の団長を俺が務めることになってね」
「ええっ!」

ナマエは驚いて椅子から立ち上がりそうになる。

「お、おめでとう・・・って言うのかしら?いえ、おめでとうね。」
「私が団長になったからには、犠牲者は増やさないように努力する」

正直、調査兵団の好感度はかなり良くはない。
税金を使い、ただいたずらに死人を増やす・・・壁の外に出てもなんの手がかりもなくボロボロになって帰ってくるだけなのだ。

「それで、俺がスカウトしてきた奴が居るんだが・・・随分と凶暴でね」
「凶暴なの・・・?」
「ああ。しかし立体機動の腕はよく、先日の壁外調査では初めてながら巨人も討伐している。・・・まあ、連れてきた仲間2人を失ったんだが、そのせいか最近では荒れていてね。」

仲間を巨人に食われた・・・壮絶なものだったのだろう。ナマエは眉を寄せると、エルヴィンは微笑んで

「君のそういう、人に寄り添える所も見て頼みに来たんだ。 アイツも、君には噛み付いたりしないだろう」
「そんな、犬みたいに言っちゃ可哀想よ」
「ははは、そうだな。」
「でもその方の為に家庭教師を探すだなんて優しいわね」
「それが、アイツから頼んできたんだよ。字が綺麗なやつは居るのか?ってね。真っ先に君を思い浮かべたよ。 兵士長という役割を担うのなら書類仕事がある、いちから読み書きを勉強したいと言ってきたんだ」

その言葉にナマエは目を見開いて驚くと笑顔になり

「とても真面目な方なんですね。是非、そのご依頼引受させていただきます。」
「ありがとう、ナマエ。これがスケジュールだ。行き帰りは馬車を用意させるからそれを使ってくれ」
「ありがとうございます」



こうして、ナマエの臨時家庭教師の仕事が始まった。







馬車に揺られ、到着した調査兵団本部。

「凶暴だとか、噛み付くだとか言ってたけど・・・そんなに怖い方なのかな・・・」

内心ドキドキで授業どころではなく生徒たちにからかわれたほどだ。 出迎えに来てくれたエルヴィンの背中に着いていくと、とある一室にたどり着いた。

「入るぞ」

ノックをして部屋に入ると、そこにはナマエと同じ身長ほどの同じ年頃の男性が腕を組んで立っていた。

「リヴァイ、この方が君の家庭教師だ。」
「ナマエ・ミョウジです。初めまして」

スカートの裾を摘んで頭を下げると、リヴァイと呼ばれた男性はナマエを上から下まで見ると

「・・・リヴァイだ」

そう呟くと背中を向けて椅子に座った。
ナマエの生徒ですらもっとまともな自己紹介をするのに・・・と呆気に取られているとエルヴィンは小声で

「悪いね、あんな感じで無愛想なんだ」
「は、はあ・・・」
「おい先生とやら、そんな所で突っ立ってないで早く授業を頼む」
「なっ・・・」

なんて上から目線なのだ、ナマエはムッとしたが

「はい!始めますよ!」

普段の生徒と同じようにナマエはテーブルに教材の入った革のトランクをドスンと置き、ワンピースの袖をグイッと捲ると

「言っておきますが、私はスパルタ教育ですからね!」

鼻息を荒くしたナマエを見たリヴァイは目を細めると

「ほぅ、悪くねぇ・・・よろしくたの、ぐっ」

突然頭に衝撃が走り、リヴァイは何が起きたと顔を上げるとそこにはノートを丸めて持ったナマエ。

「よろしくお願いします≠ナすよ!貴方の階級ほどになれば貴族様や他の兵団とのやり取りもあります。なので、言葉遣いも教育させていただきますからね!!」
「チッ・・・」
「こら!舌打ちをしない!」
「よろしく、おねがいします・・・」
「よろしい!」

ナマエに叱られるリヴァイを見て、エルヴィンは笑いを堪えると静かにドアを閉めたのだった。



どこまで読み書きが出来るのか軽いテストをした後、休憩しましょうとナマエとリヴァイのティータイムが始まった。

紅茶の香りを嗅ぎ、口に含めたナマエは静かにカップを降ろすと

「まずは自己紹介ね」
「? 名乗ったはずだが・・・」
「違うの。どこの生まれとか、趣味は何なのかとか、好きな食べ物とか。そういう事。」

するとリヴァイは眉を寄せて心底嫌そうな顔をすると

「・・・出身は、王都の地下都市だ」

地下出身、それだけで周りの調査兵の目は冷たかった。平気な顔をしていたが、いい気分はしなかった。それを思い出してリヴァイは眉を寄せたのだがナマエはへぇ、と声を上げると

「どんなところなの?」
「糞溜めみたいな、汚ぇ場所だ」
「でも、貴方みたいな真面目な人も居るのでしょう?」
「・・・は?」

真面目?リヴァイは目を見開いて顔を上げるとナマエはニコニコしながら

「出身なんて関係ないわよ。 それに見合った人間になろうと努力するのだから貴方はとても努力家だと思うし、上の立場になるという責任感のある方だって思った。だから引き受けたの。」
「・・・・・・・・・そうか」
「うん」

開けていた窓からゆるい風が吹き、ナマエの亜麻色の髪を揺らす。

「で、趣味は?」
「掃除だ」
「掃除?良いじゃない!綺麗好きっていい事よ。私の教室も掃除して欲しいくらい。」

歯を見せてにこっと笑うナマエを見たリヴァイはつい目線を逸らしてしまい、カップを持つと用意された紅茶を飲んだ。

「好きな食べ物は?」
「食えれば何でも・・・強いていえば、紅茶か」
「紅茶ね。私も大好き!じゃあ次の授業はおすすめの茶葉を持ってくるわね」
「・・・・・・」

初めて見るタイプのナマエにリヴァイは少し戸惑いながらまたカップに口をつけると

「それにしてもリヴァイ、あなたは変わった持ち方をするのね。飲みづらくない?」

リヴァイのカップ持ち方は手持ちの部分を持たずに縁だけを掴むタイプだ。

「これは・・・先に言っておくが、笑うなよ」
「もちろん」

目線をティーカップに落としたリヴァイはぽつりと口を開いた。

「・・・ガキの頃、必死こいて手に入れたカップがあってな。持った瞬間、取っ手が外れて落ちたんだ」
「え・・・」
「それから、持つのが・・・怖い」

それを聞いたナマエは固まったが

「あなた、可愛い所あるのね」
「・・・テメェ喧嘩売ってんのか」
「あっはははは! 怖いって、可愛いー!」
「おい!」

話すんじゃなかった・・・リヴァイは腕を組んでそっぽを向くとナマエは涙を拭いながら

「ごめんってば。 そう言う事情ね!大丈夫、私とリヴァイだけの内緒にしておくから」
「ああ・・・」

そう言うとナマエもリヴァイのような飲み方を真似すると

「飲みづらっ・・・リヴァイ、貴方とっても器用ね」

何があってもプラスの方に持っていく彼女。
リヴァイはまた戸惑ったが「どうも」とだけ返事をしたのだった。






ナマエの教えもあってか、リヴァイもどんどん知識を吸収した。 最初から読み書きは問題なくできていたが、下手だった字も今では見違えるほどお手本のような字を書くようになった。

野外学習と言う名のピクニック・・・兵団本部から少し離れた小さな丘の上でナマエとリヴァイはお昼ご飯を食べていた。

「リヴァイは吸収が早いわね。私の生徒では1番優秀な子だよ」
「生徒って・・・他は小さいガキだろ」
「小さいガキでも、頭の回転が早い子も居るわよ。シガシンナ区に臨時で行った時も飛び抜けて頭のいい男の子が居たし」

籠に入れられたサンドイッチを食べながらナマエは足をパタパタさせる。

「・・・風が出てきたな」
「そうだね。・・・さ、そろそろ最後の授業をしに戻りますよ」

明日はエルヴィンが調査兵団の団長になる日・・・。リヴァイも明日から兵士長という階級を授かる。

今日は最後の授業で、明日からナマエと顔を合わせる日も無くなってしまう。

「・・・了解だ」

リヴァイも返事をし、ナマエも最後のひと口を食べて立ち上がろうとした瞬間、ぶわっと突風が起きナマエのかぶっていたリボンが飾られたカンカン帽子が浮き上がった。

「わっ」
「おっと・・・とっ」
「リヴァイ! ひゃあ!」

風で飛んでいきそうだったナマエの帽子をキャッチしたリヴァイ。

体勢を崩したリヴァイを見たナマエは転んでしまう、と咄嗟に手を伸ばしたがそのまま2人はゴロゴロと小さな丘を転がり落ちていってしまった。
転がる中、咄嗟にリヴァイはナマエを抱きしめて頭を守り・・・ようやく止まった頃にはナマエを押し潰してしまっていた。

「お、重い・・・」
「・・・悪い」
「びっくりしたね! ありがとう、リヴァイ」
「ああ、結構転がった・・・な」

顔を上げると鼻がくっつく程の至近距離になり思わず固まってしまった。ナマエもそれに気づき、顔を真っ赤にさせる。

「り、リヴァイ、あの・・・」
「何だ」
「顔が近い・・・」
「嫌か? 」
「嫌じゃない、けど」

リヴァイのシャツをギュッと握ると、リヴァイの身体がゆっくりと離れベストの胸ポケットから手紙を取り出した。

「・・・ん」
「これは?」
「とりあえず、読め」

受け取った手紙を丁寧に開けば、そこにはお手本のような綺麗な字が並ぶ。 リヴァイがナマエに贈った手紙・・・その内容を読んだナマエは顔を真っ赤にさせ、涙目になると

「あなた、こういう事に関しては不器用なのね。こう言う大切な事は、口で直接言って欲しい・・・」
「生憎、俺は身体で表すタイプでな。で、返事は? 先生」

そう言うとリヴァイはナマエの頬に付いた土の汚れを親指で拭ってやる。

「私も・・・」

返事を聞く前に、リヴァイは頬に手を添えると唇を重ねた。



この日から、リヴァイとナマエは生徒と教師から「恋人同士」となった。



***



「先生の前世、どんな感じ?」
「・・・教師だったみたいで、知り合いに頼まれた生徒さんと・・・恋仲になったみたい」
「そう、まだ続きを見る?」
「うん・・・」
「分かった。少し先に進むからカウントしたら場面は切り替わります」

ミカサのカウントと同時にまた景色は変わった。



***



陥落したシガンシナが奪還され、外の国マーレから様々な技術が取り入れられてこの島もだいぶ発展した。その後、壁から巨人が現れ地鳴らしをして世界を滅ぼそうとした。

地鳴らしの首謀者と言われるエレン・イェーガー。パラディ島の人間はエレンを崇めていたが、そのエレンを殺害したのは同じパラディ島出身の調査兵団・・・その中にはリヴァイも含まれていた。


ナマエはイェーガー派などどうでもいい。あの地鳴らしの中、ただリヴァイさえ生きていれば何も要らない・・・ただナマエは、リヴァイの帰りだけを待っていた。

「(リヴァイ、早く帰ってきて。貴方はもう何もしなくていい。帰ってきたら、2人で静かに暮らしたい)」

リヴァイを古くから知る兵士はもう居ない。辛い目に遭ってきたリヴァイをいつも心配していたナマエは彼を休ませたいと思っていた。

地鳴らしが収まってから3年。マーレからやって来るという元調査兵団の和平大使・・・きっとその中にはリヴァイも含まれているだろう。


ナマエははやる気持ちを抑え、3年振りに会える恋人の姿を胸の前で両手を組んで待つ。
毎日毎日、雪の日も雨の日も、いつか帰ってくると港で待ち続けていた恋人。ついに会える時がやったきたのだ。




・・・しかし、いくら待てども恋人はやって来ない。

和平大使が全員出てきた所で、周りの兵士に囲まれて移動する所でアルミンがナマエの存在に気づきこちらにやってきた。


「えっと、ナマエ先生・・・ですか?」
「ええ、アルミン。お久しぶりね」
「お久しぶりです」

臨時教師で行った学校に居たアルミン・・・あの小さかったアルミンも背が伸びてナマエは見上げる形となっていた。

ナマエはアルミンの腕を掴むと

「ねぇ、アルミン。 リヴァイは?リヴァイは来ていないの?もしかして、先に行っちゃったの?」

そう言うと、アルミンは目を見開き俯く。
後からやってきた他の大使がアルミンの肩に手を置くと


「リヴァイ兵長は・・・亡くなり、ました」
「・・・え?」
「立派な最期でした」
「すみません、ナマエさん」


頭を下げる和平大使達。
ナマエは嘘だと首を振り、アルミンの肩を掴んだ。

「嘘よ、あの人が死ぬわけ、ないじゃない。」
「本当です。 地鳴らしを止めるために巨人と交戦になり、そのまま・・・」

アルミンは目を伏せ、ナマエはゆっくりと震える手を離すと。

「・・・そう、彼は最後まで戦ったのね」
「はい・・・」
「あの人はいつも辛そうだった。 でも自分の懐に入れた人間にはとても優しい人で、貴方たちの事も嬉しそうに話していたわ。 ・・・そっか、これであの人も苦しまずに済むのなら・・・」


それでいいのかもしれない。
「死なない保証はない」といつも聞いていたし、分かっているつもりだった。

しかしリヴァイの事だ、いつもどんな危険な目に遭っても必ずナマエの所へ戻ってきてくれた。今回も、心のどこかで必ず帰ってくると確信していたのに。

地鳴らしは、それほど恐ろしいものだったのか・・・とナマエは目を閉じる。今にも脚の力が抜けて座り込んでしまいそうだったがナマエはグッと堪えて踏ん張った。

痛々しいナマエの姿を見て、アルミンは目を細めると

「リヴァイ兵長の遺品は・・・後ほど、まとめてご自宅まで」
「うん、分かった。 ・・・ありがとう、アルミン」

ナマエは背中を向けるとそのままおぼつかない足で港を後にした。





***



「先生?」
「大丈夫ですか?」

その瞬間、ナマエから波のように悲しさが押し寄せ思わず涙がこぼれ落ちた。

「大切な人が、亡くなったみたい」
「・・・もう、やめますか?」
「ううん。最後まで見届けたい。」

ミカサは頷くと、それ以上は何も言わなかった。



***



・・・それから前世のナマエは、リヴァイからの遺品を受け取り夜が明けても、太陽が沈んでも泣き続けた。 食事も喉も通らず、授業所ではない。生徒やその親御までもが心配して家にまでやってきたほどだ。

やがてナマエはやせ細っていき、動けなくなるほどまで衰弱して行った。 ベッドで眠るナマエの周りには、かつてナマエから勉学を教わった生徒たちや母親。


ナマエはリヴァイから貰った初めての手紙を胸の前に抱きしめると


「(やっと貴方の所へ行けるわ、リヴァイ)」


握ってくれる手の暖かさは愛した恋人では無かったが、ナマエは沢山の人に見守られ、息を引き取った。








ナマエは目を開けば、そこは埃っぽい部室で上を蜘蛛が這っているのが視界に映った。

ふわふわした気分のまま起き上がるとミカサがハンカチをくれたのでナマエはありがとう、と受け取って涙を拭った。

「先生、気分は?」
「大丈夫だよ。ありがとう」
「今日はもう終わりにしよっか。あれから3時間は経ってるし」
「えっ!」

外を見ればもう夕方だ。
ナマエは慌てて机から降りると

「大変! 2人ともバスの時間は?何なら先生が送るから!」
「大丈夫です!この時間なら最終が間に合うので」

そう言うとナマエはほっとした顔になり笑うと

「そう、良かった。 ミカサ、ありがとう。なんかスッキリした」
「良かったです」

部活は終了となり、ナマエはミカサとアルミンを見送ると職員室へと戻った。




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